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サンスポ
今年もやってくれるんだろうねぇ!
ロヒンギャの男性約20人が参加。「仕事がなくどうすればいいか」「難民申請から3年たつが、結果が来ない」などの相談が寄せられた。
法務省の発表によると、1998年に133件だった難民申請数は、2008年に1599件に急増。08年に認定を受けたのは57人。申請者の約6割、認定者の約7割がミャンマー人。
難民認定申請中の「仮滞在」身分では、就労が禁止され1日1500円、4カ月間支給される保護費が収入源。難民支援協会によると、申請から認定までは2年ほどかかるといい、実際は働く場合が多いが、不況で失職し収入が途絶えているケースが目立つという。
仮滞在身分の男性(32)は「1月に工場を解雇され、12万円の貯金がなくなった。ミャンマーに帰れば軍事政権に捕まる。日本での在留資格が欲しい」と訴える。
デイリースポーツ
自分の国に帰ってもらうしかないですよね
旅行には、卒業生9人に加え、恩師の山口明治さん(84)も参加した。一行は1月21日朝に吹田市内を出発。行きのバスではセピア色の集合写真を回しながら「これは誰や」とワイワイガヤガヤ。
午前中に伊勢市の二見浦を観光して午後から伊勢神宮を参拝した。夜は鳥羽市内のホテルで山口さんを囲んで、思い出話に花を咲かせた。
空襲警報が鳴ると防空ずきんをかぶって机の下にもぐった話。悪さをして大きなそろばんの上で正座させられた話。フォークダンスでドキドキした話……。午後11時すぎまで語り合った。
豊津第一小学校は1875年に創立。1934年には室戸台風で校舎が倒壊して、児童51人、教員2人が亡くなる災禍もあったが、戦災は免れた。山口さんによると、経済的に恵まれない子供たちも少なくなかったため、戦後の一時期、修学旅行が中止されたという。
今回の旅行の話が持ち上がったのは昨年5月に開かれた同窓会の席。卒業生は3クラス約130人いたが、亡くなった人や連絡がつかない人も多く、出席者は19人。酒を酌み交わしながら前田光男さん(70)が「6年生になったら修学旅行に行けると楽しみにしていたけど中止になった。1回くらい修学旅行に行ったろうやないか」と提案すると「修学旅行で行く予定だった伊勢に行こう」と一気に盛り上がった。前田さんと近所の鳥飼保男さん(70)で計画を立てた。
“引率”を終えた山口さんは「心残りがあったので、みんなが満足してくれてよかった」。前田さんは「疲れて枕投げはしないで眠ってしまったけど楽しい旅行だった。今度はもっと大勢で2回目の修学旅行に行きたい」と話していた。
asahi.com
すごい楽しそうだなぁ!
予選は17日まで行われ、3回戦を勝ち抜いた12選手が19日からの本戦に出場できる。
日本勢は5人が予選に出場。米村知子(APF)はスペイン選手に7―5、6―7、4―6で惜敗。藤原里華(北日本物産)と飯島久美子(北日本物産)はストレート負けした。(共同)
ZAKZAK 2009/01/15
そら進むだろうなぁ
